2020/06/10

⑵喧嘩ばかりの笑わない幼少期

 

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こんにちは。 女性自立支援コーチング協会認定コーチ 花井由加です。私のブログに訪問いただきありがとうございます。 このブログでは、コーチングや心理学のメンタル的なこと、起業についての情報・プライベートのこともシェアします。どうぞよろしくお願いします。
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バリバリの大阪の下町で育った私。
コミュニケーションは下手くそでした。

下手も下手
ちょー下手

幼少期の写真もあまり笑ったのが残ってません

色々アルバム見たけど
砂場で遊んでる写真も、七五三でさえ笑ってない。

この時、頭に乗せられたまあるい髪飾りが動くからいやでいやで・・
(なのに母は良かれと思って、無理やり乗っけて写真をとるのに必死で)

↑今でもそうですが、母は私が何を拒否しても自分の意見を押し通すタイプでした。

幼稚園の時は
男の子を殴ったのか(何をしたのか覚えてないけど)
気がついたら、男の子が鼻血ぶーと出して目の前で倒れていて
先生に、こっぴどく怒られたのを覚えてます。

 

 

一番嫌いな遊びは
はないちもんめ
あんな残酷な遊び大嫌いでした。

 

だって、好きな子や、人気のある子から
順に「あの子が欲しい」
って言われるでしょ。

「あの子(私)が欲しい」
って言われないから
私は、いつも最後まで残るんですよ。

 

誰かご近所へ友達を誘いに言っても
「◯◯ちゃん、あそーぼ」
と、言っても
「あそばへーん」
って返ってくる。
そんなことの繰り返し。

 

また、小学校入学前には
うちの母は、教育に熱が入ってたんでしょうね
ひらがなを私に教えてました。

書くことが出来ないと
太ももを
バッシーン
と叩かれて
泣きながらひらがなを覚えた記憶があります。

だから、お友達が逆に遊ぼうと誘いに来ても
「勉強があるから断りなさい」

と、外に出してもらえなかった。
これを母に昔の話として話したことがあるのですが、母は全くそうした記憶がない。

 

あくまで私の記憶なので
他にも良い出来事はあったんだとは思うのですが
全くなんですんよ。

良かった記憶が・・
褒められた記憶・・
友達と気持ちよく遊んだ記憶・・

が全くないんです。

 

ひらがなは、当時一年生で習う文字
小学校一年生の授業は知ってることばかりだしつまんなかった。

 

大きくなってから心理学に出会いわかったのは
自分の人間関係の構築法や考え方や信念は
親の影響が大きいということ

だからと言って、もう大人なのに
いつまでも自分の人生を親のせいにするのは良くない。
実は、誰が悪いかはそんなに重要ではない。

自分の人生に自分で責任を持つこと

それが大人になればできることなんじゃないでしょうか。

 

教育熱心な母
一方で、父は無口でした。

母親は自宅で内職をしていました。
当時は内職をしていた主婦が周りにもたくさんいて
ネジを決められた個数袋つめしたり、接着して箱を作ったり、いろんな手仕事がありました。

 

そんなある日、友達とのケンカ生活に終止符をうつ出来事が起こります

小学校低学年の頃
7人の男の子相手に、広場でケンカになります。

流石に勝てない
もうやばい

そんな時、それを見てた友達が
家にお母さんを呼びに行って助けを求めてたようで、止めに入ってくれました、

泣きじゃくる私。

よくわかんないけど
取っ組み合いのケンカはそれ以降した記憶がありません。

 

そして、小学校五年生で新しい家に引っ越します。
今の実家ですね。

あまり覚えてないですが、1人になりたかったようで
「自分の部屋がほしい」
と、言ってたようです。

あと、休みの日に遊ぶ犬も欲しかった。

そして、初めて転校という体験をします。

➡︎続く・・・・

 

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