親の介護をしない方法はある。自分を追い込まないで。

 

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「家庭と仕事の両立を応援します!」 ライフコーチの花井由加です。 私のブログに訪問いただきありがとうございます。 このブログでは、私の今までの体験や日々の出来事学びのシェア、コーチング、心理学を通じて思ったこと感じたことを発信してきます。
どうぞよろしくお願いします。

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こんにちは

Yukaです。

親の介護体験記を書きます。

今、親の介護に頑張ってる人

もうすぐそんな事態になるんじゃないかと不安を持ってる人のために

正直な気持ちも、あけっぴろげにお伝えします。

 

親の介護 それは突然始まった

親の介護が始まったのは、去年の春です。

まだそれほどひどくなかった認知症の父と母は、

二人で暮らしていました。

 

私には弟がいますが、インドに単身赴任しています。

私は結婚していて家庭を持っています。

 

母から後から聞いた話です。

心配かけたくないと思っていたのでしょう

私の介護生活が始まるまで

父の認知症の進行が、ここ数年で急に早まったのを、私はあまり気づいてませんでした。

 

母が父の

認知症に気づいたのは

なんだかおかしいな・・?

と思い始めたのは、10年ほど前のこと

両親二人で出かけた帰り道の

「今どこや?わからん。」

の言葉でした。

 

 

その頃は、

物忘れ程度だと思っていたようです。

 

それから、だんだんと、実家に帰るたびに
父は何か新しいことを覚えることが困難になってきていました。

父は網膜色素変性症という目が見えなくなる病気も患っていたのですが

ここ数年は、認知症で新しいことが全く覚えられずに

勘違いして怒鳴ることも増えて

眼科へ行くのも一苦労だったようです。

 

私は、当時、実家には

月に1回帰るか帰らないか程度でした。

仕事もコーチングで起業したばかりでしたので踏ん張りどころでした。

 

父の目は、視野は狭かったものの、

当時、一人で散歩に行ける程度は見えていましたし

認知症の深刻さもそんなに感じていませんでした。

混乱する父に絶望の日々

そんな時です

昨年の春・2016年4月に

母が自宅で転倒してけがをします。

脊髄損傷でした。

 

私の交流会の初仕事があった日から

介護生活が始まったのです。

 

母は、その日から首から下が動かなくなり病院に入院

母が怪我をしたことが覚えられない父は

母が自宅に居ないことにかなり混乱していました。

 

 

入院したこと何度を伝えても、説明しても、覚えられない父は

「どこいったんや?わしの面倒は誰が見るんや」

「お前は嘘を言っている。探しに行く。」

と、言って怒鳴り、外に飛び出しました。

 

そんなことを繰り返していました。

しばらくは、ご近所さんにもたくさんお世話になりました。

 

 

私の自宅へ連れて帰ることも一瞬考えましたが

認知症でずっと延々と同じ会話の繰り返しを

起きてる間しなければならないし

母が怪我をして入院していることすら覚えられない

目があまり見えていないので、生活空間が変わるとさらに混乱するだろう。

一番避けたかったのは

私の家族に影響が及ぶこと

父が混乱して怒鳴ったり、私の子供に手を出したりしたらどうしよう

私の家で排泄物を撒き散らされたらどうしよう。

絶対にやだ

自分の家族だけは死守する

そう思ってました。

 

父を預かってくれる施設を探した。

私はすぐ母が入院した病院の相談員さんに相談しました。

「父を預かってくれる施設を探してほしい」

実家からは、少し遠方でしたが、運よく見つかりました。

ちょうど、私の自宅と病院の間にあり車で通えるところでした。

 

母を怪我をした当初、これまた運の良いことに

インドから弟がちょうど日本へ一時帰宅していました。

 

数日間、弟に実家に泊まり込んでもらって

父を施設に預ける準備を一緒にしました。

旦那にも手伝ってもらいました。

 

それからほとんど毎日

私は、母の病院と父の施設への面会の日々に奔走します。

 

 

途中一番辛かったのは

父が施設から脱走しようと2階から飛び降り

骨折し入院した時の、その入院の付き添いでした。

 

自分が怪我をしたことを覚えられない父は

閉じ込められていると暴れ看護師さんに暴言を吐き

安静にしていないから、手がせと足がせをされて、さらに混乱して暴れる

 

「暴れて、手がつけられないので来てください」

 

夜中に病院から電話がかかって来ては行く。

もう、毎日電話があるので

夜は泊まり込むことを自分から申し出ました。

 

父は前立腺肥大を持っているので

トイレが近いのです。

 

また排尿したことを、すぐ忘れてしまうのと

病院では運動量が少なすぎて眠れないので、夜中は、15分おきにトイレの付き添い。

私は、夜一睡もできませんでした。

 

また、父の局所を見るのは抵抗がありました。

 

ずっとこの介護生活が続くのか・・・

施設に慣れることは無理なのか・・・

私は絶望しました。

 

そしてよぎった感情は

 

 

「早く死ねばいいのに」

 

でした。

自分で、ぞっとしました。

なんて悲しい気持ちなのだろう。

そして絶望。

 

 

いやでも本当の

心の叫びでした。

 

 

 

父は精神科にも入退院を繰り返しました。

投薬量はこれでもかというほど多いように感じました。

でも、私にはどうすることも出来ませんでした。

 

排泄物と薬の匂いの充満する精神科

 

そこへ入院していた父は面会に行くといつも廊下を徘徊していました。

たまに、廊下で寝てしまってました。

 

認知症の専用病棟は

私にはこの世の墓場に見えました。

 

「父が生きてる意味はあるのか?」

 

私にはわかりませんでした。

 

あんなに元気だった父の、今の現実を、目の当たりにすると胸が痛かったのです。

コーチングで乗り越えた

私はメンタルがやられてはいけないと思い

セルフコーチングを繰り返ししました。

客観目線で自分を見たりしました。

 

コーチングも受けました。

コーチ仲間にも助けてもらいました。

家族にもぶちぶち愚痴をちゃんと聞いてもらいました、八つ当たりもしました。

 

相談できる人に相談をしました。

気分転換もするように心がけました。

仕事も最低限こなすようにしました。

あるものに目を向けました。

 

自分の正直な感情に許可を与えました。

私は、自分を諦めませんでした。

そして今

母はリハビリの甲斐があって

杖と手すりがあれば一人で生活出来るまでに回復しました。

今は、楽しそうにリハビリに通っています。

 

父は施設に慣れました。

今は、穏やかに暮らしています。

施設や病院からの呼び出しもなくなりました。

目はもう見えません。光がかすかにわかる程度です。

 

私たち家族のことは覚えています。

会いに行くと喜びます。

 

ここまで来るのに

1年半かかりました。

介護で頑張っているあなたに伝えたいこと

  • 一人で頑張ろうとしないこと
  • 誰かに助けを求めること、相談する事。
  • 使える施設や公共のものを使えるだけ使うこと
    (日本には相談窓口が、たくさんあります)
  • 自分が親を見なければならないと追い込まないこと
  • 家族で手分けすること
  • 自分を最優先にすること
  • 夢があるなら諦めないこと
  • やりたい事があるならやること
  • 感じた感情は素直に感じ、自分を許すこと

    どんな感情も私たちの味方です。

 

「父が生きてる意味はあるのか?」

それはわかりません。

私たちは全員生きてる意味なんて

自分たちの意味づけであってないものなのかもしれません。

 

父は

何か目標を持ったり、達成したり。

ワクワクしたり、期待したり。

過去を後悔することも、未来に希望を持つことも、

挑戦したり、挫折したり失敗したりすることもない。

 

何かを目で見て美しいと感じたり

何かを見つけることもない。

 

新しいことを覚えることも出来ないし、その必要もない。

 

こんなに世の中は美しくステキに満ち溢れているのに。

 

父にとって

「生きていることの方が辛いのではないか?」

そんな風にさえ思えます。

 

目が見えない辛さを避けるために

父は認知症を発症したのではないか?

心理を学んでいる私にはそう思えます。

 

 

認知症の父の面倒を見てるのが本当は辛くて

母は怪我をしたのでないか?

潜在意識のことを知ってる私にはそう思えます。

 

 

私がこの課題を乗り越え

同じような課題を持っている人のために発信したり活動する

そのことが

父が今生きてる意味

につながるのかもしれません。

 

だからこそ

私たちは自分を諦めない。

人生を楽しむ

それが最高の親孝行なのだと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。


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